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断熱屋のぼやき一覧|東海道

東海道2011 ③

午前中はそんなこんなで3~4km程度しか歩きませんでした。由比で桜海老を食べてからが勝負?? いざ薩捶峠越えです。結局10km以上+峠を歩き内容は十分でした(笑)
こちらは薩捶峠の手前にある寺尾・倉沢地区です。昔の町並みが残っています。

薩捶峠から見た絶景。

今回はここまで。

いやいや年というか長年蓄えた10kg以上の鉛が相当足に負担がかかるんだな~としみじみと感じました。おそらく10kg以上やせたらずいぶん軽いんだろうな~と思い少しダイエットしなければと思いました。
子供が成長するのは早いもので今回すっかり逆転されてしまいました。今までは子供に合わせて歩いており子供のほうが先に限界が来ていたのに今回は全く大丈夫と私のほうが限界に・・・まっうれしいことですが。

東海道2011 ②

2日目は昨日の蒲原からスタート。すこし観光しながら(足が痛いのもあったので)歩きました。(笑)
蒲原宿は古い町並みや建物が残っており、ここの所ひたすら歩いてきただけだっただけにまずまず見所がありました。
こちらは木造3階建ての蔵


こちらはなまこ壁の家


なんとなく藤の花がきれいでちょっと風情を感じたのでパチリ


旅籠「和泉屋」の構造を維持して公開している休憩所。おばあちゃんが歴史を伝えようと建物の中まで見せてくれました。蒲原は織物が有名らしくても細かくて綺麗な昔の織り物のサンプル帳を見せてくれました。このレベルのものは機械では作れないしこれからはもうなかなか作れないと言っていました。ここを公開するのに耐震補強や手直しをした際、なるべく昔のままを残そうと思っていたのに、大工さんが梁に色を塗ってしまったり、古くなっていた所を綺麗にしようと新しく取り替えてしまったりと残念な事が結構ありましたといっていました。やってしまったことはもう戻らないので本当に残念ですね。

こちらは昔の吹きガラスで作られています。歪みで波打った感じが逆にとても綺麗です。


こちらは旧五十嵐歯科医院です。外は洋風ですが中は和風と面白い建物です。


昔は電話も貴重だったんですね^^家の中に電話ボックス!(笑)


こちらは金庫。すごい


2FのVIPルーム(特別待合室)欄間が見事です。特に富士山の部分は年輪が絶妙に模様としてマッチしています。


こちらは普通のひと用待合室から見た診療室。VIPと一般で待合室が別になっているなんて・・・すごっ;;


診療室


鉄と木で出来た昔の診察台です。なんと基本的な設備は今と同じです。


こちらも吹きガラス。やはり綺麗です。


昭和30年代の冷蔵庫。なんと木製です。


かまどに(懐かしい・・・)


風呂(下部が五右衛門、私の田舎も昔同じでよく焚き火がてら風呂沸かしやったな~~)


井戸から診療室に水を上げるためのドイツ製のポンプ。ハイカラだったんですね~~。

東海道2011 ①

このGWは一年振りに東海道歩いてきました。

朝5時前に家を出発し渋滞前に現地まで到着。2時間程度で着きました。そして8時には沼津の先の原宿を歩き始め幸先のよいスタートを切りました。

沼津市から富士市に入るとマンホールが富士山に

午前10時過ぎには10km以上も歩いてしまいました。ところがこの辺から少し足が痛くなってきてペースが少しダウン・・・
こちらは鉄筋コンクリートの建物なのですが、ちょっと不思議な感じで丘の一部になっているような不思議な感じがしたのでパチリ

逆から見ると普通です

でも初日はかなりがんばり富士川を越え蒲原宿までなんと新記録の23~24kmも歩きました。おかげで足はぼろぼろで次の日歩けるか心配なくらいでした。

東海道53次2010 ②

いよいよ二日目! しかし今回は昨日の山くだりですごい筋肉痛です
さすがに今回の疲労はなんだかんだ一週間は引きずった様な気がします。

まず、三島の中心部から歩き始めすぐ現れたのが家々の間を通る「千貫樋」。
1555年に小浜池の水を樋を通して駿河の国に引いたものだそうです。最初は木製だったのが関東大震災で崩れ今の鉄筋コンクリート製になったとの事。

歩いていると53次の道のりの現在位置を示したゲージを発見! まだまだ先は長いのがよくわかります(笑)

そしてしばらく歩くと一里塚。こちらは復元。

こちらは原形。一里塚の形がよくわかります。

これは民家の土蔵らしきもの。この辺はみんなこのように石で作られていました。

これは長沢八幡宮にある「対面石」。
源頼朝が挙兵したことをしって奥州から駆けつけた弟義経と座して対面した二つの石と伝えられるものだそうです。

何気なく街道に残る昔の並木がなんとも郷愁を感じます。

ふと現れたただの鴨です。ほのぼのとしてなんとなくシャッターを切ってしまいました。

「平作地蔵」です。「伊賀越道中双六」にある渡辺数馬(平作の娘が数馬の妻)の仇河合又五郎の行方を我が子の十兵衛から聞き出したのがここだそうで、日本三大仇討ちのひとつとの事。知りませんでした。ちなみに他の二つは忠臣蔵と曾我兄弟の仇討ちだそうです。豆知識・・・(笑)

そういえば忘れていました。市によって違うマンホールの柄です。沼津市のはさすがに富士山が入っていますね♪ これからは忘れずに記録したいと思います。
そういえばこんな面白いHPを見つけました。「進め!マンホールの蓋調査隊」今回の沼津市は無かったですがこれだけ集めると面白いもんですね。もしかしたらマニアがいるかな?と思ったらやはりいました(笑)

仰ぎ見るほど高く成長した松蔭寺の「擂鉢松」。この松は、白隠が幹の先が折られた松が可愛そうだと擂鉢を被せてやったところ、そのまま育ったという伝説だそうです。見えにくいですが、真ん中の高い位置に擂鉢がのっているのがわかります。

歩いていると右手に見える富士山! きれいです。

原宿(原駅)に到着。今回はここまで。へろへろでしたww。

東海道53次2010 ①

結局、昨年夏に歩いてから久しぶりの東海道となってしまいました。 始めた当初は一番下の子が小学校低学年だったのでなかなかピッチが上がらないな~~と思っていましたが、いよいよそれが大きくなってきたと思ったら、今度は上の子が塾やらクラブやら友達との予定やらで、予定が合わなくなってしまいました。 こりゃあかん!いつになったら京都に着くやらで今年は少し気合を入れ、地道に歩こうと決意しました。

5月8日。今回は箱根からのスタートです。気温も涼しめで歩くには最高の天気です。

きれいな杉並木です。

ようやく箱根の関所に到着! 今は再建され資料館にもなっています。 せっかくなので観たかったのですが、子供に観なくていいと言われ、時間も無くなりそうだったので今回はやめておきました。

箱根を過ぎてまた石畳です。

ようやく箱根峠に到着!ここからようやく静岡県へ・・・

ここから先は一般道とは違い、三島までほとんど直線で下っていきます。
草でトンネル状になっています。なかなか幻想的だと思いませんか? それにしても本当によく道を整備し、それを維持するのは大変だろうな~~と思いました。

兜石です。石の形が兜に見える・・・

石畳を全面的に発掘し整備してありました。

山中城跡です。 石使わない土だけの城は珍しいそうです。せっかくなので一通り見てみようと一周しましたが結構時間がかかってしまいました。確かに石を使わないであれだけの深い堀や高い土塁を地形を利用して作った技術はなかなかだなと感じました。(これを表現するうまい写真は山の中なのでうまく撮れませんでした) しかし、ここでかなり疲労を蓄積してしまい後にかなり響いてしまいました。

          発掘中です。

山道をだいぶ下り、ようやくひらけた場所が出てくるようになりました。しかし、運動不足+石畳による不安定な足元+下り坂による自分の体重が足への負荷を増大させる事によりもう足は限界に・・・

「こわめし坂」です。この辺があまりにも急で長いことから背負っていた米が汗と熱でこわめしになったのがいわれだそうです。これが足への負担の追い討ちになりとどめのを刺されました。ここからは休む回数がうなぎのぼりにww・・・

三島宿入る手前の一里塚。三島大社を通りすぎ(全く立ち寄る余裕は無し)・・・

ようやく三島広小路駅へ到着。本日はここまで。

東海道53次⑨

見てくださいこの石畳。 ここまでよく保存されていると感動もひとしおです。 なかなか見事でしょう!!

そして改めて昔の人は大変だったろうなと思いました。

途中に甘酒茶屋があり、まさにこの辺に欲しいだろうなという場所にありました。 ラストスパートで子供たちもどこにそんなパワーが残されていたのかと思うほどとても速いテンポで無事クリアーしました。

 
そしてようやく箱根港に着き一路バスへ乗車、結構金額高く930円。まあ行楽地ですからね~。そして峠なのであたりまえといえばあたりまえですが、運転手さんも果敢!?に攻めますww。エンジンの音も大きいせいかもしれませんがとてもスピードが出ているように感じました。今日歩いて上ってきた道をバスで下っていく度に子供達とここ覚えている?ここ通ったね!と確認しながら下りちょっとした感動でした。「しかしまあよく登ったもんだ」と改めて感じました。

ここまで最後のラストスパートで見せた元気もさすがに電池切れで、表情が変わっていくのが分かりました。

さすがにへとへと。子供たちも良くがんばったもんです。

 

最後にサーティーワンのアイスクリーム屋さんを小田原駅に見つけ、達成したらのご褒美に買ってあげたら満足そうに頬張っていました。
次回はいよいよ箱根峠を下り三島へ・・・静岡県へ突入です。

東海道53次⑧

この夏休みに久しぶりに行ってまいりました。今回は静岡の地震で東名が不通だったのが幸いして、帰省ラッシュの初日にもかかわらず全くの渋滞がなくとてもスムースでした。

まず車を止め、前回到達地点の風祭駅まで電車を一駅乗り。撮影してから「さあ出発!!」
しかし、さすが真夏本番!!歩き始めて暑いのなんの・・・一体どうなるかと思いました。この日はお盆中で一番暑かった(得に湿度が高かった)ようで、結局一日中、汗びっしょりで、シャツが乾く暇が無く濡れっぱなしでした。

まず目指すは最初の目標地点である三枚橋(山路の入り口)。アスファルトからの照り返しが暑く子供たちが根をあげそうになるのを「山に入れば涼しくなるから」励まし(騙しながら??)ながらようやく箱根の入り口三枚橋まで到達しました。しかし山の中(緑の中)まではまだまだ歩かなければなりませんでした。

 

 

北条氏の祖である早雲の菩提寺を過ぎ、

 

 

 

 

 

 

 


箱根で会う最初の石畳に・・・
未だに旧道が残っている事に感動しながら
先を目指します。途中次の目印がなかなか出てこないので道を間違えたのかと思いました。

 

 

 

 

 

その次に目指したのは畑宿。箱根のきつい山路の途中に間の宿として栄えたとの事、まさにその通りだと思いました。
畑宿にマス釣りがあるとの看板を見つけ、それで子供達を励ましましたが、ついてみて確認すると予約制との事。当日でも出来るか聞こうかと思いつつも、受付の対応が今ひとつだったので、後日釣堀に連れて行く約束の元、持参のおにぎりを食べ、しばし休憩して、いよいよ箱根宿にむけて再出発しました。

東海道五十三次⑦

ういろう
見てください!この外観!すごいでしょう。何だと思いますか?実はういろうのお店で会社名も株式会社ういろうといいます。

 

実は『ういろう』は名古屋ではなくここ小田原が本家本元だそうです。 『ういろう』は元々、平安時代から作られている漢方薬で外郎(ういろう)家が代々作り続けています。お菓子の“ういろう”は売り物ではなく薬を買いに来たお客にお茶菓子として出していたものだったそうです

ところが江戸時代、お菓子の“ういろう”の評判を聞きつけた他の店が“ういろう”を売りはじめ、現在では名古屋の名物になってしまいました。 米粉・砂糖・水のみで作られ、甘みが少なく、もちもち感がしっかりしています。お土産に買いましたがとてもおいしかったです。 ご興味ある方は下記までどうぞ
http://www.uirou.co.jp/

というわけで今回分は終了です。
いよいよ次回からは問題の箱根の峠越えです。なかなか厳しそうなので十分に用意と心の準備とプランを練らねば・・・

<余談> 東海道以外 : 面白い事に現在では東海道を追えた人が中仙道や東北道などさまざまな旧道にチャレンジしている人が増えているようです。私もこれが終わったら次の道にもトライしてみようかな?と思っています。

東海道五十三次⑥

※ こんな所に住んでみたいと思うんです!

この写真は旧東海道の一部です。風情があると思いませんか??昔の東海道の雰囲気が満々ですよね~~こんな所に住んだらきっと心が豊かになりますよね♪ 悠久の時を刻んでいる地に住めるなんてうらやましいかぎりです。私が住んでみたいシチュエーションベスト4です(残りは桜並木の前、海の見渡せる立地、城のある風景)
マンホール編です

みなさん知っていますか?実はマンホールって市町村毎にデザインが違うんです。今まで気づいてはいたのですが、まさかブログを書く予定も無かったので写真は取っていませんでした。これからはせっかくなので撮って紹介したいと思っています。とりあえず今回は小田原市、小田原城がデザインです。そのまんま^^ですね。

東海道五十三次⑤

そしてようやく今回のGWの報告です♪ 今回は2日間でした。 9・5・3茅ヶ崎と平塚の間の中島バス停付近-二宮駅 9・5・4二宮駅-風祭駅(小田原のちょっと先) 今回は今までより少しがんばろうと思いスタートしました。が、久しぶりに歩いて子供も大きくなったから15kくらいはいけるかな??と思いましたが結構10kちょっとがいいところで意外と足にきました。一日目は12k位。2日目は筋肉痛もありながら少し頑張る事が出来、子供たちも頑張ったのでbなんと14k近くも歩く事が出来ました。でもちょっときつかったです。最後の方はさすがに子供がバテバテでした・・・

今回はその道中で見つけた面白い物をお見せします。

今日はとりあえず3点

①怪談「番町皿屋敷」の素材にされたお菊の墓が平塚にあるの知っていました?


「つぶれてたまるか!!」(笑)・・・そうそううちも一緒です!! がんばりま~す♪

電話25番ってまだ普及していなかった時の番号なんでしょうね^^   歴史を感じますよね~~

つづく・・・

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