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断熱屋のぼやき一覧|東海道

東海道2014③

2日目5月4日(後半)
いざ白須賀宿へ

ちょっとわかりづらいですが今も残る古い宿の町並み。
そして曲尺手。
道が直角に曲げられていて、軍事的な役割だけでなく、大名行列同士がかち合わないようにする役割もあったそうです。
火防樹
槙が道の左右に僅かに残っている。槇の木は燃えにくく耐火用に優れていて昔の火災の延焼を防ぐ役割を持っていたそうです。現在静岡県にの頃のはここだけとのこと。
庚申堂
手前に見える2匹と1匹が「見ざる、言わざる、聞かざる」の3匹の猿の像がある。
ここから先二川までまたしばらくひたすら歩きます。
途中で見つけたコオロギ販売!!なんとコオロギが売っていました(笑)。
いよいよ二川宿へ
長かった静岡県。ようやく愛知県へ入りました^^;。
そして二川宿本陣
現存する本陣としては全国に二川宿本陣と草津宿本陣の二カ所だけの貴重な建物。
本陣の中は見学できるようになっている。
さすが本陣!とても大きな建物です。
玄関。昔の大名はここから出入りしていのでしょう。
玄関を中から見た風景

上段の間で大名が滞在した部屋
この部屋から見える庭もさすがです。

当然お殿様の入るお風呂はまた違いますww

こちらは併設された旅籠屋清明屋

旅人を迎え入れる様子が再現されていました。

そして併設された資料館ですが、結構内容が充実していてもっと時間をかけてゆっくり見たいくらいでした。東海道の歴史や様々な事が分かり易く解説されていました。こちらは二川宿のジオラマです。
二川駅を過ぎ二川宿をでて、吉田宿へ。
途中に以前の東海道を歩かれた方の情報であったクロマツが切り倒され、写真のように跡として残されていました。
ひたすら歩き、ようやく吉田宿入り口まで到達。
吉田宿は現在の豊橋市で、 古くは豊川に架けられた橋の名から今橋と言い、 池田輝政が城主となった1600年頃、今橋は 縁起のよい「吉」という字を取り入れ吉田に変えた。 宿場は豊川が流れ吉田城を有する城下町で 東海道の中でも大きな宿場の一つでした。ちなみに明治2年に豊川に架かる橋も名前をとって豊橋と3度目の改名をした町だそうです。
曲尺手門の石碑
曲尺手門は吉田城内への入口の一つ
吉田宿本陣跡石碑

本日の行程は豊橋市中心のここで終了。だいぶピッチが上がってきました。

東海道2014②

2日目5月4日(前半)
渡しを渡ったところにある新井関所のところからスタートです。
現存の関所の建物はここにしか残っていないそうです。
「特に入り鉄砲に出女」を厳重に取り締まったため、多くの女たちはこの関所を通過しない姫街道を利用したそうです。
復元の高札場
ここから新居宿に入ります。中心部はこんな感じ。
新井宿は飯田武兵衛本陣跡と
飯田武兵衛本陣跡
疋田八郎兵衛本陣跡
の合計3件の本陣があった。
宿場境辺りにあるいつもの秋葉常夜灯
宿の外れにある棒鼻跡
棒鼻とは宿場の外れにあり一度に大勢の人が通行できないように土塁をつきだして枡形をなしていた所。「棒鼻」とは籠の棒先の意味がありこの場所で大名行列が先頭(棒先)を整えたのでこのように呼ぶ様になったそうです。
古い町並みを歩き
風呂の井へ
源頼朝上洛の折茶の湯に用いたそうです。
ここにも残る松の木
足利義教が紅葉を鑑賞したという紅葉寺跡
白須賀宿に向かう潮見坂へ
坂の途中から見える雄大な太平洋
潮見坂は西国から江戸への道中で初めて太平洋の大海原や富士山を見ることができる場所としても、古くから旅人を楽しませてくれた場所だそうです。
坂を登ってしばらく歩いた先にある潮見坂公園跡から見下ろす遠州灘です。なるほど、素晴らしい眺めです。

東海道2014①

今年も一年ぶりに東海道歩きました。といっても3か月以上も前でアップが大幅におくれてしまいました^^;
ようやく半分の浜松を過ぎ少しゴールが見え始めてきました。子どもたちがついて来てくれる今のうちに京都までつかなくてはと少し焦りを感じ始めています。
さて、5月3日の1日目、前回終了の浜松からスタート。
前回は浜松のお祭りにぶつかりそのまま祭り見学してそのまま終了してしまいました。今回も同じ日程なので、当たり前ですがお祭りの日程と重なりますが当然スルーして(というかスタート地点ですが(笑))出発します!!
二つ御堂
JRを横切った先の3叉路交差点を曲がった所の左右にあります。藤原秀衡とその愛妾を弔う御堂だそうです。
熊野神社の高札場跡をすぎて
東海道沿いに時々残っている古い洋館がここにもありました。
舞阪へ向かう長い直線。特に見るものもなくひたすら歩きます。そして暑い!昔の夏が丁度GWの暑さに匹敵するのではないかと思います。
子供がスーパーから氷をゲット。これで手を冷やすだけでもかなり涼しくなかなかナイスアイデアです。
舞阪宿手前に残る松並木。
宿場入り口に残る見附石垣
大名行列などの際に番人が立って 人馬の出入りを監視した場所だそうです。
茗荷屋脇本陣。江戸時代からそのまま残る建物で旧東海道では唯一の脇本陣だそうです。ちゃんと内部も見れました

入り口

昔のお風呂

トイレ
トイレ男用
昔からこの形あったんですね〜
昔の船着場になる北雁木です。
復元されたものだそうです。雁木とは階段状の石畳を敷き詰めた渡船場の事で、舞坂には当時あった3つの雁木のうち、地位の高い者が利用したのがこの北雁木今切の船渡しになる場所だそうです。
今切とは昔は陸でつながっていたのが1499年大地震で切れたので今切という名になったそうです。
今日はここに友人の建築会社があり、その人と遅い昼食。本当は今切の渡しが復活したという情報を得てこの後それで浜名湖を渡るのを楽しみにしていたのですが、GW中は観光の方が忙しく今切の渡しに手が回らないということで体験出来ませんでした。なので一杯やってゆっくりして今日はここまでで打ち切りすることにしました。

東海道2013 3-③ 5/4~5

見付宿への途中にある三ケ野七つ道

最初は江戸の古道に気が付かず明治の道を上って行ってしまいました。 上りきってから気が付き折角なので戻って江戸古道へ

こちらが合流してきた鎌倉古道

大日堂古戦場跡

大日堂古戦場跡からの眺め

なんともわかりにくい道でした。(^_^;)
そしていよいよ見付宿へ 見付を代表する旧見付学校

現存する日本最古の洋風木造小学校校舎です。
昔の教室が再現されています

見付学校の塔屋部分からみた街並み

旧見付宿脇本陣大三河屋門

奈良時代の遠江国分寺址

2日目は磐田駅前までで終了

3日目もここからスタート
秋葉山常夜燈を超え天竜川へ

いよいよ天竜川!!

この辺が天竜川渡船場だったと思われます
古い橋は歩くスペースが無いので新しい橋を渡ります

船橋之記碑と天竜川木橋跡碑です。

金原明善の生家

金原明善は、天竜川の氾濫による犠牲者を減らす為に、私財をなげうち20数年の歳月をかけて天竜川堤防工事を完成させた人だそうです。昔はこういう人がいたんですね~学ぶべき点が沢山あります。
浜松といえば凧。こんなお店がありました。

道端に普通にあるすごい松

こちらは一里塚跡。浜松まで来ると都市化しているので殆ど昔の物は残っておらず看板のみ;;

浜松は丁度「浜松祭り」のお祭りでした。

170を超える町が参加し、そして夜の御殿屋台の引き回しに80を超える町が参加している結構大きなお祭りです。
そしてもちろん城マニアとしては浜松城も寄り道して見学

梅屋本陣跡。こちらももちろん立札のみ(笑)

今回は市内のここまで!

最後に折角なのでよる少しお祭りに参加してきました。

以前ねぶたに参加したことありますが、参加出来たら大変だけどきっと楽しいだろうな~と少しうらやましです。 お祭りってやっぱりいいもんですね^^
帰りはご覧のとおりごった返しでした

東海道2013 3-② 5/3~4

途中で見つけた小学校の前にの信号に懐かしのシマジローが・・・

かわいい♪
掛川宿入口にある常夜灯いよいよ掛川宿へ

新町七曲り

数十メートルごとに折れ曲がった幅3mほどの細い道が続く。敵の侵入を防ぐ構造になっています。
そしていよいよ掛川城に

掛川城は、豊臣秀吉の命を受けて山内一豊が旧城を大改修したもの。全国初の木造天守閣として復元された珍しい城です。天守閣からの眺めはもちろんGOOD!
このように普通に町から城が見えます。城のある町って素敵ですね。

初日はここまで、蓬莱橋の2kmが効いて合計17~8km程歩きヘロヘロになりました。
2日目
広重の大池橋。掛川を離れます

街道に残る松並木

レトロな感じの作り酒屋。

前回歩いた時に出会ったカンカラ細工の風車がいっぱい^^この辺では出回っている様子(笑)

仲道寺(善光寺)

この寺は東海道の丁度真ん中だった事から名づけられたらしい
見事な東海道名残りの松並木

富士浅間宮の赤鳥居

袋井東小学校・・・ど真ん中(笑)

と久津部一里塚

こういう何か意味があるのってうれしいですよね^^
常夜灯を超えて袋井宿へ

東本陣跡。復元された門

旧澤野医院

袋井市の指定文化財で澤野家が幕末から昭和初期までに建築した4棟の建物群でとてもきれいな建物でした。居宅は純和風で幕末から明治初期、病棟、洋館は洋風で昭和初期に建築されたものだそうです。 診察室

手術室

レントゲン室

病棟

なんとトップライトがあります

渡り廊下

洋館

立派な木原一里塚袋井宿を離れます

東海道2013 3-① 5/3

前回は無念の花粉リタイアでした。(;O;) 花粉も収まるGWに歩いたのですが、バタバタしていてUPにだいぶ時間建ってしまいました(^_^;)
今回は再スタートする金谷宿の手前に、蓬莱橋というのがあります。ルート上ではないのですがせっかくなのでそこへ立ち寄りました。ここは日本最長の木造橋でなんとギネスブックにも載っているそうです。全長897m。スタートする前に往復したのですでに2km近く歩いたことになってしまいました。

なかなか風情がある橋でした。

前回終了地点金谷宿(駅)からスタートです。

金谷宿の西の入口にあたる不動橋

急勾配の金谷坂!旧東海道石畳(登り)入口です。

昔ながらの石畳に復元され、風情一杯に残されています。

金谷坂の石畳は終わると諏訪原城跡

自然の地勢を巧みに生かした山城だそうですが今は森のようにしか見えません。

そのあとはすぐに菊川坂の石畳で下り坂に。

菊川の里を超えると青木坂入口へ。 旧東海道の難所として有名な「小夜の中山峠」の入口でとても急な登り坂になった。がその左右には茶畑が広がりとても絶景!!眺めはきれいでよかったです。

峠の頂上部にある久延寺。ようやくのぼりが終了した。

子育て飴で有名な扇屋。

着いたときは丁度10時頃で閉まっていたが、ちょっとだけ休憩と思って座っていたらお店の人が来て「今開けるからちょっと待ってて」と運が良かった。

折角なので子育て飴を購入。おいしい物でないが自然の甘すぎない味は悪くなかったです。でも埴くっつきやすく油断するとべたべたして食べずらいのは玉にきずでした。(笑)

日坂宿途中での眺め。茶畑で「茶」の文字を浮き上がらせています。

そしてここにも美しい茶畑が広がっています。

「日坂・小夜の中山」の広重の絵碑

緩やかな坂道が終わると急カーブの下り坂「二の曲り」となりこの一連の急坂も終わりとなる。

日坂宿にはいった。

公開されていた旅篭・萬屋

旅篭・川坂屋

江戸時代の面影を残す建物上段の間があることから身分の高い武士などが宿泊した宿であるといわれている。
復元されている高札場

伊達方一里塚跡石碑を超えいよいよ掛川宿へ

東海道2013 2-④ 3/16

今年は早くも2回目!!この調子で頑張りたいと思います。
藤枝宿の入り口からスタートです。

 

藤枝宿で見かけた酒屋さん^^窓がウイスキーボトルになっています(笑)

 

樹齢700年の蓮生寺のイブキ。天然記念物です。

 

街中で見つけた面白い物!

なんとアルミ缶を器用にカットして作った風車です。鳥に効果てき面との事。

商店街がさびれていく中何か盛り上げたいという思いで始めたとか。 作り方も自分で工夫を重ねてここまで来たと丁寧に説明してくれました。

結構カラフルで面白かったです。これぞ旅の醍醐味って感じです。

久遠の松で有名な大慶寺。これまた大きな木です。

 

そこにあった地蔵ポスト(笑)。

 

正定寺境内の本願の松。傘型の枝張りはなかなか立派です。

 

藤枝宿を抜け藩境を示す

 

ただの道ですが松で道がこんなに「ボコボコ」なってしまっています。

 

大善寺。境内に大井川の川明けと川留めの刻限を知らせた「時の鐘」がある。

 

いよいよ川越遺跡!! 風情ある昔の街並みが残されています。

 

川会所です。ここで川札(渡し賃)を買い川を渡りました。

 

値段は川の深さで決まり、水深が136cmを超えると川留となり渡れなくなります。

 

昔の人はここを渡って行ったんですね^^

 

我々は川の中を通れないので橋を渡ります。結構長いです。

 

今回は金谷駅まで終了です。 いつもちゃんと到達写真を撮るのですが、今回は花粉症にやられてそれどころではなく、すっかり忘れてしまいました。

私はどうやら2年前から花粉症になってしまったのですが、今回結構な風の中、しかも静岡は花粉の量が都心の2倍らしく、もう、どろどろでした。昼頃には目がかゆくてどうにもならなくなり薬局へ。一番強力な目薬を購入し、なんとかだましだまし頑張りました。

最後楽しみにしていた焼津での夕食。おいしい魚でもと思っていましたがとうとう鼻にまで戦線拡大!もうどうにもなりません。最終兵器の薬をのんだのですがもう効き目無。結局2日目は断念し回転寿司で食事して帰りました。 良く考えてみれば花粉をたっぷり含んだ強風を向かい風で受けるので目はたまったもんじゃないですよね(^_^;)

てなわけでこの次はゴールデンウィークでしょうか?

東海道2013 1-③

 

いよいよ宇津の谷の峠越えです。 箱根を彷彿とさせますが距離はそんなにないので問題無いかと思っていたら、子供は山を登るという事で気持ちが少しめげてしまったようです。しばし気分を高めるのに苦労しました。
山の中にある地蔵堂跡。今は跡しかありませんが、こんな山奥によく建てるものです。
十石坂観音堂です。入母屋造瓦ぶき観音堂で内陣、外陣の境の格子は非常に細かい技巧がほどこされているようです。
大旅籠 柏屋 静岡に現存は2棟だけで貴重だそうです。丁寧な説明がありとても面白かったです。
昔の人の道中の記録です。何を食べたのかを全部記録している物です。何と伏見から江戸まで13日間でついています。昔の人はすごかったんだな~と改めて思いました。
これは収納戸の裏側です。表は無地なのですが、このように見えないところにお金をかける。昔の人は洒落てます。
こちらは昔の人が旅をするときに持ち歩いた品の一部です。なんと紙そろばん。機能的に携帯出来るように工夫された物が展示されていました。
こちらの筆入れセットも小さく収まっていてしかも磁石までついてお洒落です。
梁組、170年以上たった建物ですが見事です。
岡部の松並木。久しぶりの松並木でした。
岡部塾の教徒側の入り口。キノコの山が・・・??
神社の脇に立つ見事なクスの木でした。
今日は藤枝の入り口の水守まで。
写真のバス停は成田山になっていますが、バス停を探して少し前にショートカットしてしまいました。今回は柏屋でちょっと時間をかけてすぎてしまい、これが響いて今回15kmと最後距離が伸びませんでした。

東海道2013 1-②

2日目は久しぶりに風情のある旅となりました。

昨日の場所からスタート。さすがに少し足に来ています。

丸子宿に入る手前にあるお堂。こういうのが普通に立っています。

ぽつんとある丸子一里塚。知らない人にはなんか障害物にしか見えませんね(^_^;)

ここから丸子宿。丸子宿はあまり風情が残っていないのが残念。
でもこの後出てきますがこのように殆どの家に屋号が書かれた看板がかかっています。 この辺は歴史を感じます。(今までは気が付かなかったのか静岡のこの辺だけがやっているのかは解りませんが。)一応この後藤枝辺りまではありました。以下屋号シリーズ
かきや

かさや

ゑび屋

鍛冶屋

屋根屋

はずれの家!?(笑)

まだまだ面白い名前があったかもしれません。

とろろ汁で有名な丁子屋さん。時間が早くてこちらも食べられずでした。

丸子は紅茶の発祥の地だそうです。

宇津井の宿入口です。風情が出てきました。

こちら宇津井の宿です。かなりいい感じです。

上から見た光景
有名な十団子。宇津ノ谷に僧となって地蔵の化身が現れ、小さな団子の化けた鬼を杖で打ち10個の粒にして呑み込んでしまった伝説にちなんで10種類の団子を詰め合わせたものです。結構おいしかったです。

ちょっと横道にそれ明治のトンネル。日本初の有料トンネルで明治9年に開通したそうです。風情たっぷりです。

 

東海道2013 1-①

子供の受験等で、約2年ぶりの東海道!! 来年になるとまた子供の受験が始まるので、どれだけ京都に近づけるか??今年が勝負です。 そうでないと永遠に京都に着けないような気が最近してきました(^_^;)
今回は2/10~11の2日間歩いてきました。晴天にも恵まれました。

さて、前回終了場所の興津駅からスタートです。

歩き始めてすぐ見つけたみかん 食えるものか怪しいなと思いつつも子供が欲しいというので100円だからいいやと思って買ったらこれが結構美味しい!! とても得した買い物でした。おそらく形や色が悪く市場に出せない物なのでしょう。 その後もあちこちで売っていました。

連休という事もあり何やら催し物があってにぎわっていました。

東海道屈指の名刹「清見寺」です。なんとびっくり!!境内の中を電車が走っていました。

道中で立ち寄った坐漁荘です。 明治の元老西園寺公望公の別荘で、ここにあるのは復元されたものです。 建物はもちろん素晴らしかったのですがちょっと面白かったのはこの雨戸。 どうやってコーナーを通して正面へ雨戸を持っていくのかというと、コーナー部の上部はガイドレールが写真のように切れています。

そして外側に外れないよう棒が立っていて扉が写真のようにターンできるようになっているのです。

清水の街中で見つけたビルの写真です。鉄骨を組んでそこにブロックを積んであるだけ。隣に建物があってくっついていればいいのでしょうがちょっと問題があるのでは?と思いました。

道中で見かけた空中に浮かぶ家です。童話の世界の家?サザエさんの家?のようで思わずパチリ!

江尻宿にある東海道名物追分羊羹のお店です。残念ながら日曜日は休みで食べられませんでした。

静岡市内(府中宿)はあまり見るものが無く、江戸無血開城について会談した場所「西郷山岡会見跡」も見過ごしてしまいました。

静岡市内を抜けた府中宿旧道で見つけた乳母車店です。昔は専門店だったのでしょうか?今は子供用品のお店のようです。レトロでした。 頑張ってほしいものです。

いよいよ安倍川です。こちらは「安倍川の義夫の碑」。落とした財布を拾って手渡したのに謝礼を受け取らなかった正直な川越人夫の顕彰碑 そして安倍川餅(上流の金山に働いていた鉱夫が、金粉餅といって家康に献上したのが始まりといわれてる)も有名なのですが、夜遅くてなってしまいこちらも食べられず;;

安倍川を超えるところです。日が暮れてきてしまいました。

最後は調子よく安倍川を渡った後もうちょっと頑張って18時過ぎまで歩いて今日は終了。 今日は頑張りました。21km弱位歩きました

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