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断熱屋のぼやき一覧|東海道

東海道2015パート2②

これもなかなかの建物

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日永地区にある日永神社とつんつくおどりの看板。「つんつくおどり」は、大勢の人々が手をつなぎながら太鼓や笛などの囃子に合わせて円陣を作っていくという古くから伝わる郷土色豊かな踊りだそうです。

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路から少し入った所にひっそりとある薬師堂の薬師如来坐像

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東海道な残りの一本松。こちらも大切に保存されている。

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そして日永の追分。右手が旧東海道で左手が伊勢参宮街道となる分岐点。 当時の伊勢神宮二ノ鳥居や石道標、 常夜灯などが残されている。 道標には「右京大坂道」「左いせ参宮道」と彫られている。

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近鉄線追分駅の踏切を渡り少しすると小さな金毘羅堂

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その後、急な坂道となり杖衝坂へ入る。息吹山の賊を討ち傷ついた日本武尊敬が杖をつきながら歩いたというところからこう呼ばれるようになったとの事

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坂の上には武尊が傷ついた足を止血した場所と言われる血塚社がある。

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また国道1号と合流してまた国道からそれ、石薬師に入る。

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石薬師の入り口にある地蔵堂。旅の安全のために誰かが建てたらしい。

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そして石薬師宿へ

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宿内に有るひときわ大きな旧家の小沢本陣跡。建物は明治初期に建替えられているが、西国大名や当時の人々の宿帳等が残っていて、赤穂の城主浅野内匠頭の名前も記されているとの事。

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ほどなく佐々木信綱生家の隣にある石薬師文庫。佐々木信綱が寄贈したもの。何故か生家ではなくこちらの写真しか撮っていなかった^^;

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立派な塀でガラリがいい感じです。

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宿の外れにある石薬師寺

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石薬師を抜けて蒲川を渡った所にある石薬師の一里塚碑。

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その後はしばし田園風景。とてもいい!!

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この後加佐登駅近くのここまで歩き一日目はここで終了。

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東海道2015パート2①

盆休みで時間がとれたので、GWの東海道今頃のUPです。^^;

5月5日、前回の終着点からスタート!!

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富田の町並み

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富田小学校校門脇にある明治天皇御駐輦跡。明治元年(1868)旧東海道を明治天皇が京都から東京へ向かう際に、御休息された場所ということで、明治天皇が御休息の際、富田の焼き蛤を気に入られたのか、その後三重県への行幸の際には必ず立ち寄られ、4回にわたりこの場所で御休息され田都のことです。

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常夜灯をすぎて、旧街道の落ち着いた町並み

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しばらく歩いて突き当たりにある力石。寺の建設のために奉納された土台石を、村人達が力自慢を競い合い 持ち上げた石で、大き石は120kgもありさすがにそれを持ち上げた人はいなかったそうです。

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米洗川手前にある常夜灯。大きいw

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米洗川を渡り少し歩くと「かわらずの松」。東海道沿いは多くの松が植えられていたが虫の被害で残る松が少なくなっているが、このたまたま残った松を町名が川原須と言われていたことからこの名前が付けられ、大切に保存していきたいという思いだそうです。

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東海道に時々見かける、歴史がありそうな建物で病院等が多いです。

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境内に古墳が有るという志氏神社(左)と光明寺(右)をとおり

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三ツ谷の一里塚跡(左)を過ぎ、三滝橋(右)を超えて江戸時代に四日市宿内へ入る。

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三滝橋超えてすぐにある「なが餅」で有名な笹井屋。なんと創業は1550(天文19)年戦国時代!!なが餅とは細長く延ばした餡入り餅で、藤堂高虎が足軽時代に食し「武運ながき餅は幸先よし」 として気に入り有名になったそうです。折角なので試食^^。とても美味でした。

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そのまま進むとかつての宿場の中心部の街の一角に「すぐ江戸道」「すぐ京いせ道」の道標がある。「すぐ」とは、まっすぐの意味だそうです。右の写真は今は失われてしまった旧道が明示されていました。こういう情報とても嬉しいです。

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四日市宿にはかつての建築物は残っていない。そのまま四日市のアーケード街を抜け、赤堀駅を過ぎ赤堀の町並み。

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左は鈴木薬局。膏薬の製薬を200年以上も営む旧家で、代々勘三郎の名を受け継ぎ、現在の当主鈴木と友造勘三郎さんは11代目。この建物は1852(嘉永5)年に建てられ、東海道沿いの古い建物の中でも一際がっちりつくられているそうです。膏薬を作った作業場や薬研など貴重な道具も保存されている。

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東海道2015パート1④

さて、2日目。

実は昨日の夜、雪が結構降ったようで朝起きたら一面真っ白。なので少し朝はゆっくりしてから出発。今日はどうかなと思いながらとりあえず桑名へ向かいました。そうしたら着く頃には天気は思いっきり晴れ!雪もあっという間に溶けてしまいました。
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早速7里の渡し場からスタート。まず最初に「伊勢の国一の鳥居」
晴れてきて歩き始めたら昨日とは打って変わって少し暑いくらいでした。
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桑名宿の町並み。
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面白い街灯
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春日神社青銅製大鳥居。桑名に過ぎたるものは銅の鳥居に二朱女郎」と歌われた有名な鳥居だそうです。
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街道右手に桑名城跡。優美な姿から「扇城」とも呼ばれ現在は九華公園として整備。
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桑名宿はこのあと街道を正確に伝って歩こうと思うと複雑でかなり迷いながら目印を探しながら歩きました。
ガイドに書かれていたこのレトロなブラモデル屋もその一つ。かなりの年代物で何時まで残っているのかなと時代の流れを感じます。何年か跡に歩く人はきっと見つけられない目印になってしまうかもしれません
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天武天皇社。天武天皇を祭祀する神社として全国唯一だそうです。
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矢田立場跡。復元された火の見櫓がある。
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江場松原跡。西に鈴鹿山脈、東に伊勢海が見えるとても景色の良い所で4、50年前までは松並木が残っていたそうですが今は一本も残っていません。
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町屋川手前にある伊勢神宮の常夜灯。昔の橋が無いのでここを曲がって国道の橋をわたる。
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町家橋を渡り旧道へ戻ると古い家並。懐かしい感じ。
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枯れてしまっているが、松並木に混じって植えられた榎が残っている。
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鏡ヶ池。奈良時代、聖武天皇が笠を落とし、娘がそれを拾ってさし上げた時、馬上の天皇の姿と見送る娘の姿が、鏡のような池の上に共に映え一幅の絵を見るような光景になった以来そう呼ばれるようになったそうです。
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朝明橋を渡り四日市市へ。ところが、順調に歩いていたのですが今日は思わぬ伏兵が^^;。
なんと長男の足が痛くなったということでとりあえず近くの駅までで終了ということに。

なんとか三岐鉄道のガードを超えると富田一里塚。
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そして八幡神社の力石。力石とは豊作の願いと村一番の力持ちの競い合いと仕事師の証としての踏ん張りの精神力を意味していたと思われる。
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行啓祈念道路碑にて本日は終了となりました。
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東海道2015パート1③

笠寺一里塚。現存の塚でとても大きい。立派なエノキも元気です。
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笠覆寺。西側の入り口は屋台が出ていて賑わっていた。じつはこの辺で雪がちらつき始めたので足早に先を急いだ。見えにくかもしれないが雨のように白く写っているのが雪です。
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色々神社がたくさんあったが上記の通り今日は早く目的地へ到着しようとひたすら通過。熊野三社だけ写真(笑)
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いよいよ「宮」の入口裁断橋跡と姥堂跡。
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宮宿を抜けたところにある「東海道道標」。東海道と美濃路の分岐点で重要な地点だったとのこと。1790年の建立当時のままだそうです
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渡し場の手前にある「鰻・ひつまぶし」で有名な蓬莱軒本店。今回は正月で休みだったが一度食べてみたいものです。

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西浜御殿跡。幕府高官や公家、大名の客館として使用されていた豪壮なものだったとのこと。今は跡形も無い。
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そして本日の終点、七里の渡し場跡(宮の渡し公園)。

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時の鐘。正確な時刻を知らせる鐘で住民や東海道を旅する人々にとって重要な役割を果たしていた。

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熱田湊常夜灯
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渡し場
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渡し場の前にある熱田荘。明治29年に建てられて魚半という料亭で現在は高齢者福祉施設として利用されている。「宮」の景観を偲ばせる数少ない遺構
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丹波家住宅。脇本陣格の旅籠屋でこちらも熱田荘の並びにある。
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最後に熱田神宮で子供の受験の神頼みをして本日の日程を終了。途中雪で断念かと思いましたが結局やんでくれたので最後まで歩くことが出来ました。(^O^)/
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信長塀。今川軍に大勝した戦勝のお礼として、信長はこの築地塀を寄進したもの。
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東海道2015パート1②

桶狭間を出てすぐ池鯉鮒と鳴海の間にある宿、有松へ。
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有松絞りの産地として繁栄。昔ながらの町並みが残り立派な商家が残る
なかなか美しい家並みです。

白い土蔵造りの有松山車会館
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服部家住宅有松における代表的な建物。屋号は井桁屋
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唯一正月でも開いていた駄菓子屋。子供たちと昔を懐かしんで駄菓子を買い込み楽しい一時。
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中舛竹田荘
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竹田家住宅
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町中に残る建物
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岡家住宅

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小塚家住宅。卯建が残っている
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多く残る指定文化財です。

有松を後にして鳴海宿入り口にある平部町常夜灯。街道でも有数のものと言われる大きく華麗な常夜灯だそうです。
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瑞泉寺。禅宗独特の建築が見事な建物だそうです。
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当時酒問屋だった「千代倉」と言う粋な造りの屋敷がありお店になっている様子
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途中街道を少し離れ折角なので鳴海城跡を探した。この鳴海城跡公園がそうなのだろう
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本陣跡を探すが見つからず、鳴海宿の西側に残る常夜灯に到達。宿の双方に残っているのは貴重との事。
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鳴海をでてすぐ鉾ノ木貝塚跡。
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東海道2015パート1①

またまた正月に歩いたのを今頃アップです^^;

さて、今回は2015年1月1日知立から。

昔は「池鯉鮒」書きとても読めない字です。そして今回久しぶりに次女以外に長男が参戦し、3人での楽しい東海道歩きとなりました。
この交差点からスタート
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すぐに本陣跡の石碑
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池鯉鮒は少しわかりにくく知立城跡は見たいと思っていたのだがよくわからず通過してしまい写真に収めることが出来ませんでした^_^;

逢妻橋を渡り池鯉鮒を後にししばらく国道を歩き途中からまた旧道へ。
旧道に入ってすぐにあった洞隣寺と常夜灯。
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ここには何度直しても反対側に傾くという豊前(大分県)中津川藩士の墓があるとの事。お手洗いを拝借してちょっと歩くと「いもかわうどん」の標識。東海道の紀行文にいも川うどんの記事が良く出てくるそうで、それが東に伝わって「ひもかわうどん」として東京でもうどんのことを「ひもかわ」とよぶらしい。
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この辺は今川の家並みが残り
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途中に乗願寺。境内に樹齢850年の立派なシイ。
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いよいよ鳴海に入る辺りで阿野一里塚
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めずらしく道の両側の塚が残っている。

そしていよいよ桶狭間!!
私は歴史上の人物で織田信長と坂本龍馬が好きなのですが、その一人である信長がなんといっても歴史を大きく動かした桶狭間の地。感無量。
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こちらは今川義元の戦死した場所を示す碑
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こちらは今川義元の墓
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歴史のロマンを感じながら桶狭間を後に。

有松へ向かう途中でみつけた家。(笑)
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東海道2014パート2⑦

次の日は晴天。昨日の雨は一時的なものでよかったw.
歩き始めてすぐ岡崎宿入り口の冠木門。
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早速始まった27曲がり。岡崎は27曲がりが有名だが、これが結構複雑で大変!!途中までは標識がしっかりしているのだが途中からその標識が少なくなり、地図や推測で歩くのだが度も迷いながらの行軍となった^^;
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古い家並が残っている永田屋さん
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西本陣跡。昔は映画館があったそうだが今はそれもなくコンビニなっていた^^;。ここにも時代の流れがwIMG_4246
大正時代の建物旧商工会議所、岡崎信用金庫資料館。なかなか立派
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岡崎城対面所角をすぎ
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八丁味噌が有名な八帖町。味噌蔵が並び昔の風情が残る。
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矢作橋を渡った所に出会いの像。日吉丸(豊臣秀吉)と蜂須賀小六が出会いにちなんだもの。
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誓願寺。浄瑠璃姫(矢作の長者の娘)生誕の地で、 境内十王堂には源義経と姫の遺品が安置されている。
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ここにも松並木が残る
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熊野神社の鳥居と予科練之墓、鎌倉街道の標識。1192鎌倉幕府が街道を定めた時にここも街道に含まれていたようです。
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雲龍の松で有名な永安寺。形が雲を得てまさに天に昇ろうとする竜を思わせる事からそう呼ばれている。樹齢約300年、樹高4.5m、枝張り東西17m、南北24m。
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元禄の道標。1696(元禄9)年、在原業平ゆかりの八幡無量寿寺への道標として建てられたもの。
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来迎寺一里塚。両塚とも完全に残っているのは珍しいとのこと。
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そしてまた知立の松並木。両側に側道が有るのが特徴で馬市の時、馬をつなぐためだったとのこと。
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松並木が終わるあたりにある馬市之跡
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池鯉鮒宿町並み。ここも古い建物が残る。
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問屋場跡。
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このすぐ先の交差点で今回の日程終了。

次回は27年1月1日〜2日の予定w

東海道2014パート2⑥

途中法蔵寺。近藤勇首塚があるとのこと。幕末ファンとしては外せない^^。早速お参りに。新選組隊長の近藤勇が処刑され京都でさらされた首を同士が盗みだしてここに葬ったとの事です。

IMG_4179 IMG_4181本本宿陣屋跡(左)と代官屋敷(右)

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宇都野龍碩邸跡と長屋門(現存)となかなか見応えのある建物
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藤川宿へはいる東棒鼻跡
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中心にわずかに残されあ銭屋の連子格子が
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本陣跡
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西棒鼻跡。藤川宿を出て岡崎宿へ
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吉良道道標を右へまがり
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また松並木が残る。これも立派。この辺は戦災や開発の影響が少なくこのように昔が残っている。
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岡崎まで言ってしもうと思ったがここで雨が降ってきて途中で切り上げ、楽しみにしていた大橋屋へ宿泊。
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入り口
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囲炉裏
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宿泊できる2階への上がり口。この建物は1705年築。なんと300年以上前!!
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昔使われていた籠と小屋組
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上から見下ろした
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2階の上がり口
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部屋は2間続き
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奥の部屋
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廊下
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どうですか?こんなにロマンあふれる宿!素敵ではないですか??

東海道2014パート2⑤

更新がだいぶ遅れましたが11月2日〜3日にかけて今年2回目のトライ。次女もだんだんと、快くついてこなくなり、美味しい物やものでは騙されなくなってきた^^;。おそらくリミットが近づいてきているのだろう。早く目的地へ到着して来年にはゴールしたい(笑)
今回は前回途中で雨が降ってきて御油まで到達できなかったのでその手前からのスタート。国府駅すぐの交差点から。
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白壁がきれいな大社神社をすぎて
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常夜灯
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途中懐かしい感じの昔のたばこ店。若葉とかゴールデンバットが思いつくような風情です。
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音羽川を越える御油橋!この端はとても風情・情緒がありなんかとても引き入れられてしまいました。
ここから御油宿!
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なんとこの写真は、同じように東海道を歩いた方のHPを参考にさせてもらってて、その写真の風景が見当たらないな〜と思っていたのと同じ場所だったのです。昔ながらの家がなくなっていたために
気が付きませんでした。よく考えたらその方は14年も前に歩いた風景なので変わっていて当然なのですが、このように昔の風景が変わっていく事をリアルに感じてちょっと時代の移り変わりを感じました。
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それでも御油の残された江戸時代からの古い町並みや連子格子の家を噛み締めながら、ベルツ妻花婦人ゆかりの地へ。ベルツ博士は化粧水のベルツ水で知られるそうです。
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問屋場跡
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御油の街を抜けると≒600m続くクロマツの御油の松並木が残っている。樹齢も300年以上で現在も昔のまま残されている立派な松並木です。
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途中見抱えた古洋風な建物と元酒屋?
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程なく赤坂宿。こちらは本陣跡。
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すぐに本日宿泊予定の現存旅籠「大橋屋」さんです。
こちらは江戸時代からそのままに営業を続ける旅籠で、昔は大手旅行会社がツアーを作ってなどかなり混んでいたい様子。有名だったらしい。今は一日一組の宿泊だけ受付ており、今年の2月までは食事もやっていた様子。ご主人が高齢のためその宿泊も来年2月迄ととても残念。後は観光案内に専念するとのこと。撮影のもよく使われるようです。飾るのではなく実際に使用し続ける事は大変だった思うが、凄く意味のある事だと思います。
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赤坂宿の西側の門を出て藤川宿へ。しばしひた歩く。
たしか藤川宿の西側の門だったはず^^;
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東海道2014④

3日目5月5日
いよいよ3日目。今日は昼ころから雨が予想されたため7時過ぎの少し早めの出発です。
豊川にかかる豊橋。いざ御油まで雨がふる前にいざ歩かん!!
途中で見つけた瓜郷遺跡。弥生時代の集落跡。唐古遺跡や登呂遺跡とともに弥生時代の低地に有る遺跡の一つとして貴重なものだそうです。写真は弥生時代の竪穴住居を復元したものです。
またまた一本道をひたすら歩きます。
なんと結構長い橋なのに歩道がありません。とても歩きづらいです。
御油宿に入る丁度手前で雨が降り始め今回はここまで。

次回はこの次の宿赤坂宿にある、なんと往時のおもむきのまま旅館として営業されている大橋屋旅籠に宿を取る事を楽しみに次も頑張りたいと思います。
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