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断熱屋のぼやき 一覧

パッシブ技術研究会2月勉強会

さる2月8日(水)、2月勉強会が開催されました。

第一部は会員の原田工務店さんのモデルハウス見学で、もちろんパッシブ換気で床下暖房です。なんと元総理の管さんも御覧頂いたとの事。これからはこういう省エネ住宅がどんどん普及することが必要だととても感心を持っていただいたそうです。下の写真は原田専務が説明している絵です。

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参加者もパッシブ換気の事例とあってかなり興味深く見学された様子で、特に床下エアコンには注目が集まり、欄間や上がり壁など空気を回す工夫や夏のエアコンをどうやったら回せるかと議論が深まったようでした。

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第2部は住宅評論家 南先生の「2017年のトレンドを読む」と題した講演会です。

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断熱、省エネ、換気の歴史の話を通して世の中の変化の理由を示し、「トレンド」とは既に成熟しかけたものをいい、商売はそれを追い掛けること。パッシブ換気はまだまだ「先」で、トレンドを聞きにきた会員の人達に「みなさんは先を走ってる。先を商売にするのは大変で、成功させたら後追いしてくる者がいる・・割に合わないが、問題意識をもって先を走った者と、これは商売になると思って追い掛けてくる者ではなにかが違う・・その何かを問答していくのが会」と応援していただきました。また、マツナガが輸入するソーラーウォーマーもデマンド換気も日本では「先」過ぎるものと過分なお褒めの言葉をいただきました。

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パッシブ技術研究会12月勉強会報告

去る12月6日(火)パッシブ技術研究会の12月勉強会が開催されました。

午前中には、施工事例を纏めるワーキング、カタログを作成するワーキング、住まい方マニュアルを作るワーキングがそれぞれ開催され、年度末完成を目指し活発な意見交換がありました。

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午後は第一部、保健科学院の林基哉先生の講義「パッシブ・ハイブリッド換気について」です。
住宅の換気全体の歴史からパッシブ換気誕生の背景、温度差が少ない時期のパッシブ換気を補う様々なハイブリッド換気手法の紹介、そして、室内環境の予測手法とその技術について大変興味深いお話をいただきました。パッシブ換気について理解がとても深まりました。

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第二部では、北海道大学の菊田弘輝先生による、パッシブ換気設計のための設計支援ツール「パッシブ換気解析ソフト」の考え方と使い方について勉強をしまし。
まだまだ発展途中のソフトですが、このソフトを使用する事によりより詳細なパッシブ換気の設計の支援が可能となります。これからも更なる改良もされるとのことなので期待をしたいところです。

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第三部では会場の提供をされた東京ガスコミュニケーションさんからリビングデザインセンターOZONEのショールームを案内を頂きました。しみじみ回ってみるととても面白く、参加者皆さんも一日時間が会っても足りない感じで大好評でした。

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その後は忘年会です。新会員も増え大いに盛り上がり来年へ向けてよい盛り上がりで終わることが出来ました。

 

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東海道53次2016パート2②

JR東海道本線(琵琶湖線)を横断する陸橋から明治のトンネルが見えた。右側に新しいトンネルがあり新旧の対比が出来たがやはり風情がある。

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やがて国道1号と合流し坂を登り逢坂

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蝉丸神社上社。浄瑠璃で有名な盲目の琵琶の名手、蝉丸が音曲の神様として奉られている。

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逢坂常夜灯を超え逢坂の関へ入る。坂がキツくなる。

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逢坂山の頂上付近に蝉丸神社分社。

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そして逢坂山関址

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うなぎが有名で古くから峠の茶屋であった「かねよ」を横目に下り坂に月心寺。昔旅人が逢坂越で喉を潤した名水「走り井」が、今でも湧き出ている。

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そしていよいよ京都へ入る!!

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四ノ宮駅を過ぎた辺りに徳林庵と六角堂。

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五条別れ 道標

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そしてだんだん道が狭くなり、最後の峠日ノ岡峠へと入る。

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栗田口刑場跡。

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峠を超え蹴上駅を過ぎた所に蹴上トンネル「ねじりまんぽ」。遠目で見て過ぎてしまいましたが帰ってきて調べた所、鉄道と川や道路が交差する部分に築かれた、煉瓦拱渠でトンネル内で、鉄道と道路/河川が斜めに交差するために、トンネルのアーチ部が斜めに積まれている斜拱渠の事だそうです。過ぎてすぐに京都の町に入る。

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坂本龍馬とお龍の結婚式場跡。龍馬ファンとしては外せません(笑)

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最後の力を振り絞って歩き、午後3時に終着点「京都三条大橋」に到着!!!

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最初のうちは家族6人全員で歩き始めたのですが、途中で子供たちの予定が合わなくなり最終的には3番目の娘がよく付き合ってくれました^_^今回は最後なのでまた家族全員6人でゴールすることができ流石に感無量です(^-^)v

付き合ってくれた家族に感謝!!

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東海道53次2016パート2①

2007年のゴールデンウィークからスタートした東海道もいよいよ最後の区間。足掛け10年近くかけてようやくここまでたどり着きました^^;。

再び瓦ヶ浜駅からスタート

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懐かしい感じの建物でおまわずパチリ

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奥に膳所神社

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琵琶湖畔にあった膳所城城主本多家の菩提寺「縁心寺」

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ちょっと道をそれて琵琶湖湖畔の和田の浜へ。遠くに近江大橋が見えた

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程なく北上していた道が西に向き膳所城北総門跡碑

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そして義仲寺。木曾義仲と松尾芭蕉の墓がある。

img_7106左手に立派な滋賀県庁

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大津宿中心部へ入り風情ある建物が

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札の辻跡を左折し大津宿本陣跡をすぎ大津宿を後にする

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東海道53次2015〜2016⑧

宿場すぎると立木神社

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程なく矢倉立場。東海道53次にも登場する。

img_5613 img_5615野路一里塚跡

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野路萩の玉川。平安時代から鎌倉時代にかけて宿駅として賑わったところで、萩が全面に植えられていた。小さな公園として整備されている。

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そして弁天池と弁天島

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東海道立場跡。立場とは、要所として旅人等の休息所をいう。

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琵琶湖の手前にある建部神社。ちょっと道から離れるているので見学したいが遠目に鳥居を拝んで道を進む^^;

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瀬田の唐橋を渡りいよいよ大津宿へ入る。この橋は近江八景「瀬田の夕照」で知られる日本3大名橋で、橋に伝わる伝説に「俵藤太秀郷むかで退治」がある。

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橋を渡り京阪電車の踏切を超え右折ししばらく直進。JRのガードを潜り膳所の城下町に入る。また縛らつ進み突き当りに小さく膳所城勢多口総門跡

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今回は子供も足が痛くなってきてしまいここまで。瓦ヶ浜駅で終了。あと一日歩けば京都の三条大橋に到着するところまで来た。

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今回は4日間でおそらく70km位と今までで一番歩いた。そして東海道の中でも開発されず古い町並みが一番良く残っている区間で歩きがいがありとても印象に残りました。

 

 

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東海道53次2015〜2016⑦

【4日目】2016.1.2

いよいよ今回の最終日4日目スタート。稲荷神社の裏にあるSLが気になりまずそこから。なんとデゴイチであった。展示されている機関車は時々見るがD51はなかなかない。手原駅開業50周年を記念して計画されたそう。ちょっと感動^^

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img_5578折角なので稲荷神社でお参りを

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手原駅周辺の町並みとすずめ茶屋跡、そして土御門天皇と歌のやり取りがあった9代足利義尚公鈎の陣所ゆかりの地。

img_5581 img_5582 img_5583金勝川に突き当たり目川へ

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目川はひょうたんが有名だったのか展示販売をしているよう、表に於いてあるビニールに包まった馬や牛も怪しげ(笑)

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東海道を往来する旅人の休憩所として置かれていた茶屋跡で古志”ま屋跡と京伊勢屋跡が続く
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そして金しょうがわの堤防にそってしばらく歩くと途中から草津川にかわりいよいよ草津川を渡る。

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川を渡っていよいよ草津宿へ。「右東海道いせみち左中山道美のぢ」の横町道標。東海道と中山道との分岐点で草津は重要な役割を持った宿場町であった。

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道標のすぐ左に草津川ずい道トンネルと高札場。草津川トンネルは草津川が天井川で通行に不便をきたしていた事からずい道を掘って明治19年に完成したもの。

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草津宿の中心部に入っていくと草津宿本陣。日本に現存する最大級の本陣で当時の姿そのままだそうです。残念ながら正月でお休みで見学できませんでした^^;

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草津宿の街並み

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政治的な中心地として、太田家を中心としたこの付近は草津の政所と呼ばれた。この太田家はかの有名な太田道灌との事。

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有形文化財「八百久店舗兼主屋」軒高を低く抑えた厨子二階建

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2017年新年あけましておめでとうござます。

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

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2020年省エネ基準の適合義務化に向け高断熱化が急速に進み、弊社でもMSグリーンファイバーを初め、その他様々な断熱工法や材料のご提案のお手伝いする機会も増えています。

また、住宅の省エネルギー政策の筆頭であるZEH(ゼロエネルギーハウス)の推進により、断熱性能UPの次に重要となる換気の熱損失を減らす省エネ手法として、MSデマンド換気システムやソーラーウォーマーが「熱交換」以外の手法としてご注目を頂く機会が増えています。特に本年はソーラーウォーマーの基準適合化に向けた研究もすすみ、WEBプログラムへの反映を目指しています。

そして、弊社にてお手伝いさせていただいていますパッシブ技術研究会では、会員が17社に増え、本州におけるパッシブ換気の実績も30棟近くになりました。

弊社のキャッチコピー「喜ばれる家づくりを応援する」をスローガンに、お施主様を始め、建築に携わる皆様のお手伝いが出来るように邁進してまいります。

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東海道53次2015〜2016⑥

いよいよ石部宿へ。横田橋を渡った所すぐにある三雲駅を過ぎ、大佐川隧道と由良谷川隧道。旧東海道筋には3つの隧道があり3っつ目の家棟川隧道は1979年に家棟川の平地化に伴い姿を消したそうです(3枚目)。

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大佐川隧道の堤の上に弘法杉。 樹齢750年、樹高26m、周囲6m 元は2本の杉が並列していたのが洪水のため 堤防が崩壊して1本が倒れ現在1本に。弘法大師が、この地方を通過した時、 二本の木を植えたとも、また食事をしたあと杉箸を差しておいたのが 芽を出したとの説がある

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三雲城跡も気になったがかなり離れるので諦めた。

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夏見一里塚と夏見の町並み

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北島酒造、高木陣屋跡、八島寺地蔵堂、落合川を渡り、石部宿へ入っていく

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宿に入ると高札場跡、石部城跡、問屋場跡、常磐館跡、児島本陣跡を順に過ぎる。小島本陣は大名のみならず明治天皇も宿泊されたとの事。

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石部宿の終わりに近づいたところで道が右に折れて石部宿を後にする。

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石部宿を過ぎてある金山跡の辺りは1682年の大洪水で流出して可原になってしまい、1685年に新道が山の中に移転された。しかしその距離が長いために1871年に旧道が整備され今の東海道が復元された。なので金山を挟み新道と旧道が混在している。

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新善光寺へ向かう参道img_5555

重要文化財木造地蔵菩薩立像。何気なくよってみたが結構立派。たまたま住職と話す機会があり、この立像実は以前盗まれた事があったが見つける事が出来て戻ってきたとの事、それ以来防犯をしっかりすることにしたとの話で重要な物を保管するのも大変である。img_5561 img_5559

 

立派な建物と「旧和中散本舗」の石柱。和中散とは生薬を粉にした胃腸薬で道中薬として売る商家で、石部と草津の中間にある宿として栄え茶屋本陣にもなっていた。国指定の名勝大角氏庭園もある。

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一里塚と江戸時代のガイドブックに記載されていた六地蔵村の様子。

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手原駅に近づいたところでまた風情のある建物。手原醤油顕彰碑を経て稲荷神社。3日目も手原駅近くのここで終了。

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東海道53次2015〜2016⑤

いよいよ水口宿へ。宿の手前にある岩神社

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水口宿は3本の道が並列して通っていて三筋の町となっていてその分岐点にある高札場跡。

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三筋の通りには風情のあるおしゃれな店舗や町並みが続く水口宿、滋賀に入ってから開発から免れている為、東海道の中でもずば抜けて町並みが残っている。友人が携わっていた東海道浪漫歩行2015は旧東海道沿線の街並みや史跡を楽しみながら湖南市の石部宿〜甲賀市の水口宿を経由して土山宿を目指し30キロ歩くイベントだが、その価値の高さがよく分かる。

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途中にある和菓子屋さんでいちご大福を所望。うまい。

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町中にある「大池町のからくり時計」と三筋の合流地点にある水口曳山祭を模した時計のモニュメントからくり時計が2つもあるなんて粋です。

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2日目はからくり時計からすぐのこの水口石橋駅踏切にて終了

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【3日目】2016.1.1

いよいよ3日目。前日の踏切をスタートしすぐに水口石。東海道に面した小阪町に伝えられる大石で、「力石」とも呼ばれるとの事。

 

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下級武士が隣り合って済んでいた百間(約180m)長屋跡と水口場内にあった家臣の屋敷の表門を移した真徳寺表門

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林口の一里塚をすぎて水口宿を後にする

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水口宿を出て一直線に続く北筋畷をしばらく歩き古い町並みを歩く。しかし長い(笑)

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北筋畷を過ぎて泉の一里塚を超えると横田の渡しに到着。横田の流しは東海道53次の難所の一つ。

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湖南市側に建立された横田常夜灯。

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当然渡しはないので、横田橋で迂回するが、橋も遠回りな上に歩道も奥側の右側車線しかなく更に遠回り^^;。横田橋を渡り渡しの向かい側へ行くがよくわからない。おそらくこの辺がそうかと思ったら「新海道石碑跡」を発見。横田の渡しから伊勢伊賀へ続く道のことを東海道に対して新海道と呼ぶらしく、おそらくこの辺が渡しの地点だろう言う事にして、また元の道(横田橋の方に)に戻る。

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東海道53次2015〜2016④

いよいよ土山へ。鈴鹿峠を超えゆるいが坂道をしばらく下りいよいよ滋賀県へ!!途中にある十楽寺。結構大きな

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地蔵堂、第二名神起工の地碑、平成7年にこの地で着工したらしい。

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途中山中一里塚を越え

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猪鼻村の旅籠中屋跡

img_5435 img_5434そして蟹坂。蟹坂の街と蟹坂古戦場跡

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海道橋。江戸時代に田村英大板橋を復元した橋で安藤広重の「土山宿・春の雨」は雨の中この橋を渡り田村神社の社のなかを宿場に向かっている大名行列の姿を描いたもの。この橋が出来る1775年前まではこのもう少し下流を徒歩にて渡っていたと言われている。

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田村神社をすぎ土山宿へ入る。ここで道の駅あいの土山に近くに住む友人が応援??(笑)に駆けつけてくれた。お土産まで頂き恐縮

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土山宿の町並み

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森鴎外の祖父の終焉の地井筒屋跡

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問屋場跡、問屋宅跡、土山家本陣跡、大黒屋本陣跡と町並み。

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土山宿を無事過ぎると松尾川の松尾の渡し跡。たぶんこの辺のはず(笑)。撮影後国道に戻り白川橋を渡り旧道へ戻り逆瓦も撮影

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瀧樹神社、垂水頓宮跡

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ここにも松並木が少し残っている

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懐かしい車でおもわずぱちり

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一里塚を超え水口へ

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司馬遼太郎の「街道をゆく」の石碑。歴史のロマンを感じます。

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