HOME : 断熱やのぼやき : 家庭エコ診断

断熱屋のぼやき 一覧

家庭エコ診断

本年度も始まりました家庭エコ診断。
各家庭のライフスタイルに合わせた省エネ、省CO2対策を提案するサービスを提供することにより、受診家庭の効果的なCO2排出削減行動に結びつけるもので、環境省では、この家庭エコ診断を全国的に展開し推進していくため、2014年度に家庭エコ診断制度を創設し、家庭部門での地球温暖化対策を進めています。家庭エコ診断制度は環境省のガイドラインに基づき、制度運営事務局により運営されています。
家庭エコ診断では
1,エネルギー消費状況の把握
2,CO2輩出内訳の分析
3,分野別対策検討
の3つの事がわかります。
弊社でも25年度から取り組んでおり、診断士が2名おります。
ご希望の方は是非下記までお気軽にお申込み下さい。
その他連絡事項にマツナガと入れて頂ければこちらからご連絡申しあげます。
ちなみに家庭エコ診断がどんなものかは下記Pを参考下さい。

断熱屋のぼやき

東海道2014④

3日目5月5日
いよいよ3日目。今日は昼ころから雨が予想されたため7時過ぎの少し早めの出発です。
豊川にかかる豊橋。いざ御油まで雨がふる前にいざ歩かん!!
途中で見つけた瓜郷遺跡。弥生時代の集落跡。唐古遺跡や登呂遺跡とともに弥生時代の低地に有る遺跡の一つとして貴重なものだそうです。写真は弥生時代の竪穴住居を復元したものです。
またまた一本道をひたすら歩きます。
なんと結構長い橋なのに歩道がありません。とても歩きづらいです。
御油宿に入る丁度手前で雨が降り始め今回はここまで。

次回はこの次の宿赤坂宿にある、なんと往時のおもむきのまま旅館として営業されている大橋屋旅籠に宿を取る事を楽しみに次も頑張りたいと思います。

断熱屋のぼやき

東海道2014③

2日目5月4日(後半)
いざ白須賀宿へ

ちょっとわかりづらいですが今も残る古い宿の町並み。
そして曲尺手。
道が直角に曲げられていて、軍事的な役割だけでなく、大名行列同士がかち合わないようにする役割もあったそうです。
火防樹
槙が道の左右に僅かに残っている。槇の木は燃えにくく耐火用に優れていて昔の火災の延焼を防ぐ役割を持っていたそうです。現在静岡県にの頃のはここだけとのこと。
庚申堂
手前に見える2匹と1匹が「見ざる、言わざる、聞かざる」の3匹の猿の像がある。
ここから先二川までまたしばらくひたすら歩きます。
途中で見つけたコオロギ販売!!なんとコオロギが売っていました(笑)。
いよいよ二川宿へ
長かった静岡県。ようやく愛知県へ入りました^^;。
そして二川宿本陣
現存する本陣としては全国に二川宿本陣と草津宿本陣の二カ所だけの貴重な建物。
本陣の中は見学できるようになっている。
さすが本陣!とても大きな建物です。
玄関。昔の大名はここから出入りしていのでしょう。
玄関を中から見た風景

上段の間で大名が滞在した部屋
この部屋から見える庭もさすがです。

当然お殿様の入るお風呂はまた違いますww

こちらは併設された旅籠屋清明屋

旅人を迎え入れる様子が再現されていました。

そして併設された資料館ですが、結構内容が充実していてもっと時間をかけてゆっくり見たいくらいでした。東海道の歴史や様々な事が分かり易く解説されていました。こちらは二川宿のジオラマです。
二川駅を過ぎ二川宿をでて、吉田宿へ。
途中に以前の東海道を歩かれた方の情報であったクロマツが切り倒され、写真のように跡として残されていました。
ひたすら歩き、ようやく吉田宿入り口まで到達。
吉田宿は現在の豊橋市で、 古くは豊川に架けられた橋の名から今橋と言い、 池田輝政が城主となった1600年頃、今橋は 縁起のよい「吉」という字を取り入れ吉田に変えた。 宿場は豊川が流れ吉田城を有する城下町で 東海道の中でも大きな宿場の一つでした。ちなみに明治2年に豊川に架かる橋も名前をとって豊橋と3度目の改名をした町だそうです。
曲尺手門の石碑
曲尺手門は吉田城内への入口の一つ
吉田宿本陣跡石碑

本日の行程は豊橋市中心のここで終了。だいぶピッチが上がってきました。

断熱屋のぼやき

東海道2014②

2日目5月4日(前半)
渡しを渡ったところにある新井関所のところからスタートです。
現存の関所の建物はここにしか残っていないそうです。
「特に入り鉄砲に出女」を厳重に取り締まったため、多くの女たちはこの関所を通過しない姫街道を利用したそうです。
復元の高札場
ここから新居宿に入ります。中心部はこんな感じ。
新井宿は飯田武兵衛本陣跡と
飯田武兵衛本陣跡
疋田八郎兵衛本陣跡
の合計3件の本陣があった。
宿場境辺りにあるいつもの秋葉常夜灯
宿の外れにある棒鼻跡
棒鼻とは宿場の外れにあり一度に大勢の人が通行できないように土塁をつきだして枡形をなしていた所。「棒鼻」とは籠の棒先の意味がありこの場所で大名行列が先頭(棒先)を整えたのでこのように呼ぶ様になったそうです。
古い町並みを歩き
風呂の井へ
源頼朝上洛の折茶の湯に用いたそうです。
ここにも残る松の木
足利義教が紅葉を鑑賞したという紅葉寺跡
白須賀宿に向かう潮見坂へ
坂の途中から見える雄大な太平洋
潮見坂は西国から江戸への道中で初めて太平洋の大海原や富士山を見ることができる場所としても、古くから旅人を楽しませてくれた場所だそうです。
坂を登ってしばらく歩いた先にある潮見坂公園跡から見下ろす遠州灘です。なるほど、素晴らしい眺めです。

断熱屋のぼやき

東海道2014①

今年も一年ぶりに東海道歩きました。といっても3か月以上も前でアップが大幅におくれてしまいました^^;
ようやく半分の浜松を過ぎ少しゴールが見え始めてきました。子どもたちがついて来てくれる今のうちに京都までつかなくてはと少し焦りを感じ始めています。
さて、5月3日の1日目、前回終了の浜松からスタート。
前回は浜松のお祭りにぶつかりそのまま祭り見学してそのまま終了してしまいました。今回も同じ日程なので、当たり前ですがお祭りの日程と重なりますが当然スルーして(というかスタート地点ですが(笑))出発します!!
二つ御堂
JRを横切った先の3叉路交差点を曲がった所の左右にあります。藤原秀衡とその愛妾を弔う御堂だそうです。
熊野神社の高札場跡をすぎて
東海道沿いに時々残っている古い洋館がここにもありました。
舞阪へ向かう長い直線。特に見るものもなくひたすら歩きます。そして暑い!昔の夏が丁度GWの暑さに匹敵するのではないかと思います。
子供がスーパーから氷をゲット。これで手を冷やすだけでもかなり涼しくなかなかナイスアイデアです。
舞阪宿手前に残る松並木。
宿場入り口に残る見附石垣
大名行列などの際に番人が立って 人馬の出入りを監視した場所だそうです。
茗荷屋脇本陣。江戸時代からそのまま残る建物で旧東海道では唯一の脇本陣だそうです。ちゃんと内部も見れました

入り口

昔のお風呂

トイレ
トイレ男用
昔からこの形あったんですね〜
昔の船着場になる北雁木です。
復元されたものだそうです。雁木とは階段状の石畳を敷き詰めた渡船場の事で、舞坂には当時あった3つの雁木のうち、地位の高い者が利用したのがこの北雁木今切の船渡しになる場所だそうです。
今切とは昔は陸でつながっていたのが1499年大地震で切れたので今切という名になったそうです。
今日はここに友人の建築会社があり、その人と遅い昼食。本当は今切の渡しが復活したという情報を得てこの後それで浜名湖を渡るのを楽しみにしていたのですが、GW中は観光の方が忙しく今切の渡しに手が回らないということで体験出来ませんでした。なので一杯やってゆっくりして今日はここまでで打ち切りすることにしました。

断熱屋のぼやき

パッシブ技術研究会総会

月24日パッシブ技術研究会が発足から一年を向かえ総会を開催。スタート時7社でスタートし現在12社に会員も増え、研究を実践へうつす2年目に入りました。

 
当会が目指すパッシブ技術とは、パッシブ換気の温暖地・蒸暑地での普及と、現実的に自然の力を上手く取り入れた住宅づくりを軸としています。

 

先期は会員が手がけた住宅のデータを収集し、現場見学、理論的な会員勉強会の資料として研究を続けてきました。今期は、会員内で東京・神奈川・長野・群馬でパッシブ換気を取り入れて建築される住宅があり、一年を通して更にデータを集め、快適さとの関係をさらに研究していく予定です。年間3回ほどのオープンセミナーを初め、勉強会や現場見学会、北海道の研究会への参加など活発な活動を行い、パッシブ換気を研究にとどまらず実践で示していく方針です。
 
総会後のセミナーでは40名弱の参加者があつまり、北海道科学大学の福島明教授と高知工科大学の田島昌樹准教授により、微弱な自然エネルギーの力による省エネの手法について、パッシブ換気はむしろ温暖地で効果を発揮する手法であることの講義が行われた。後半ではソーラーウォーマーの効果についての検証結果は会員からのかなり高い関心が集まりました。

断熱屋のぼやき

1 / 11